TERM PRIMER
先に知っておく言葉
光の速さから逆算するワーク
「距離が長い=遅い」を、自分で計算してみてください。電卓で十分です。
以下はアンテナが真下にあると仮定した最短距離の概算です。実際には斜めの経路、衛星間リンク、地上局から先の道、機器処理、待ち時間も加わるため、この値がそのまま実測値にはなりません。それでも、距離が遅延の下限を作る感覚はつかめます。
光や電波は、真空中でおよそ秒速30万キロ進みます。この数字だけ使います。
- 静止軌道の片道 — 高さを約3万6千キロとして、地上→衛星→地上の最低距離は約7万2千キロ。7万2千 ÷ 30万 = 約0.24秒
- 静止軌道の往復 — リクエストと返事が同じ空の区間を通れば最低でも約14万4千キロとなり、伝搬だけで約0.48秒です
- 高度550キロの低軌道の例 — 同じ単純化なら片道約1,100キロで約0.004秒、往復約2,200キロで約0.007秒です
計算してみると、軌道の高さが伝搬時間へどう効くかを手で確かめられます。ユイはこの計算をノートに書いて、少し黙りました。静止軌道を通る一往復は、伝搬距離だけでも会話や操作に感じられる待ち時間になります。
空の道をたどってみる
ユイが「空から届く」と言ったとき、ピコは首をかしげました。空から降ってくるのではありません。空を経由して、地上へ戻ってきています。ラボのホワイトボードに山と空を描いて、その道筋を確認していきます。
空の入口から地上・海底の国際網へ道が続く場面は、第37話「国をまたぐ通信はどこでつながる? 世界地図の道案内」でもたどれます。
空から届くまでの道を順番に追う
山の中でWebページを開いたとき、通信は次の道をたどります。
- 手元の端末から、家や車に置いたアンテナに届く
- アンテナから、上空の衛星へ電波を送る
- 衛星が、地上局または別の衛星へ中継する
- どこかの地上設備から、通常のインターネットへ入る
- 目的のサーバーに届く
- 返事も衛星網と地上網を通って端末へ戻る。往路と同じ経路とは限らない
大事なのは4番です。衛星の先で、道は結局インターネットにつながります。衛星の中に世界中のWebサイトが入っているわけではありません。
つまり衛星は、目的地ではなく通り道です。回線を引けない場所と、インターネットの入口とをつなぐ役目を持っています。
衛星はどこにいるのか
衛星は地球のまわりを回り、使う軌道によって高さが大きく違います。ここでは代表例として静止軌道と低軌道を比べます。
- 静止軌道(GEO) — 赤道上空約3万5,800キロで地球の自転と同じ周期を持ち、地上からはほぼ同じ位置に見えます
- 低軌道(LEO) — 一般に地表から2,000キロ未満の範囲で、通信サービスでは数百キロ級の衛星も使われます
ここで比べる静止軌道の衛星は、地上から見ると空の同じ場所にいます。アンテナを一度その方向に向ければ、動かさずに済みます。1機で広い範囲に届く形です。
低い軌道の衛星は、そうはいきません。空をどんどん移動していきます。届く範囲も、高いところにいる衛星より狭くなります。
この距離と見える範囲の違いが、遅延や必要な衛星数へ大きく関わります。実際の速度と安定性には、周波数、設備、混雑、地上網、サービス設計も影響します。
高い踏み台と低い踏み台のたとえ
たとえでいうと、衛星は空に浮かぶ中継の踏み台です。
高い踏み台に登れば、遠くまで見渡せます。広い範囲の人と話せます。ただし、そこまで登って降りてくる距離は長くなります。
低い踏み台なら、登り降りはすぐ終わります。でも、見渡せる範囲は狭い。だから、あちこちに踏み台を置く必要が出てきます。
ただし実際には、踏み台のように止まっているわけではありません。低い軌道の衛星は高速で移動していて、地上から見える時間は短いと言われています。止まった踏み台ではなく、走り抜ける踏み台です。
ユイ
高い方が広く届くなら、高い衛星だけでよさそうに思えるんですけど
ピコ
そう思うよね。でも、往復の距離が長いと、返事を待つ時間が延びるんだ
低い軌道だと衛星が何機も要る理由
低い軌道の衛星は、1機が見えている時間が短くなります。空を横切って、すぐ地平線の向こうへ行ってしまうからです。
1機だけなら、その衛星が見えているあいだしか通信できません。これでは使いものになりません。そこで、たくさんの衛星を並べて、次々に受け渡していく形が取られます。
- 1機が見えなくなる前に、次の衛星が見えてくる
- 通信の相手を、途切れないように切り替える
- 空のあちこちに衛星を配置しておく
- 利用者端末や衛星網が、通信先を途切れにくいよう切り替える
この受け渡しの考え方は、飛行機のWi-Fiはなぜつながる?で見た「動く相手と通信し続ける」話と同じ形です。飛行機では機体が動き、衛星では相手が動く。動く側が入れ替わっても、届け続ける工夫が要る点は変わりません。
高い軌道の1機と、低い軌道の多数機。どちらもインターネットへの入口を作りますが、必要な数がまるで違います。
遅いと感じる理由と天候の注意
衛星インターネットで返事が遅いと感じるとき、大きな理由は距離です。
電波は光と同じ速さで進みますが、その速さでも距離が長ければ時間はかかります。高い軌道を使う場合、上まで行って戻るだけで往復の時間が積み上がります。この待ち時間は、レイテンシとして体感に出ます。詳しくはレイテンシとはで確認できます。
体感に出やすいのは、次のような使い方です。
- 声のやり取りが続くオンライン会議や通話
- 反応の速さが要るゲーム
- 操作するたびに返事を待つ遠隔の作業
一方、動画のストリーミングのように、先に少し貯めてから流す使い方では、遅れが気になりにくい場合があります。
天候も関わります。強い雨や雪では、電波が弱くなって通信が不安定になる場合があると言われています。アンテナの向きに障害物が入っても同じです。空との間に何もない状態を保てるかが、使い心地に響きます。
海底ケーブルとの役割の違い
「衛星があるなら、海底ケーブルは要らないのでは」と考えたくなります。でも、この2つは置き換えの関係ではありません。
| 比べる点 | 衛星の道 | 海の道 |
|---|---|---|
| 得意な場所 | 回線を引けない山・離島・海上 | 大量の通信を運ぶ国際的な道 |
| 設置 | 空にあるので地上工事が少ない | 船で敷く工事が要る |
| 遅れ | 軌道の高さで変わる | 距離に応じて安定しやすい |
| 天候 | 影響を受ける場合がある | 海の底なので影響しにくい |
大きな通信量を安定して運ぶ役目は、今も海底ケーブルの仕組みで見た海の道が担っています。衛星は、その道が届かない場所を埋めます。競い合うのではなく、補い合う形です。
考えてみれば当たり前で、衛星から降りた通信は地上局に着いたあと、結局は地上のネットワークを進みます。その先で海を越える必要があれば、海底ケーブルを通ります。国際通信の仕組みでも、この地上網の続きをたどれます。空の道と海の道は、同じ1本の経路の中で順番に使われることがあります。
ユイは「どっちが優れているか、じゃないんですね」とノートに書きました。ピコは「そう。届かない場所を減らす話だよ」と答えました。山の中に光ファイバーを引くのは、費用も工事も現実的でない場合があります。そこに空からの道があれば、届く。それだけの話です。
ユイ
衛星インターネットって、山の中でも使えるって本当ですか?回線がないのに
ピコ
本当だよ。ただし空から降ってくるわけじゃない。道を順番にたどってみよう
空の道でよくある疑問
Q1. 衛星インターネットでは、衛星の中にWebサイトがあるのですか?
A. いいえ。衛星は通り道です。衛星から地上局へ降りて、そこから通常のインターネットへつながります。
Q2. 低い軌道だと、衛星がたくさん必要になるのはなぜですか?
A. 1機が見えている時間が短く、届く範囲も狭いためです。次々に受け渡すために多数の衛星が使われます。
Q3. 衛星インターネットは海底ケーブルの代わりになりますか?
A. 置き換えというより補い合う関係です。大量の通信は海の道が支え、衛星は回線を引けない場所を埋めます。
画面のむこう側では、山の中の1台のアンテナが、空の一点を見上げています。電波はそこを踏み台にして、地上へ降り、また戻ってくる。空から届いているように見えて、道はいつも地面へ帰ってきています。
LAB WHITEBOARD
自分の言葉で説明してみよう
「衛星インターネットが地上のアンテナ・衛星・地上局を往復する道であることと、軌道の高さが遅延に関わる理由を説明できるようになる。」を、いまの自分の言葉で一文にしてみてください。途中の説明でも大丈夫です。




