青い星が、海外側の陸揚局へ上がった。
第36話で、イトが岸近くへ戻した鎧は錨をかわし、細いdeep-water cableは海溝を越えた。
けれど、青い星の前には一本の道ではなく、色の違うnetwork gateが並んでいる。
赤い国の門。
青い国の門。
緑の国の門。
その奥には、さらに小さなnetworkの島がいくつも浮かんでいた。
机の端で、試験時計が四十五秒を示す。
宛先:星見フィルム祭 archive 青い星の到着確認を日本側へ返すこと
イトは、archiveの住所札を見た。
札の背景は青い国だった。
「だったら、青い国の門だ」
ピコが何か言う前に、イトは青い門を開けた。
国は合っているのに、星が戻ってきた
青い星は、海岸からまっすぐ青い門へ入った。
一つ目のnetwork島を抜ける。
二つ目の島へ渡ろうとして、止まった。
門の上で赤いlampが点く。
この先に、宛先への受け入れ済み経路なし
青い星は、archiveへ届かないまま陸揚局へ戻ってきた。
残り、三十六秒。
イトは世界地図を見直した。
国の色は合っている。
海岸からarchiveへ引いた線も、地図では最短に見える。
「住所の国も、向きも合っているのに」
ピコは青い門を閉めなかった。
代わりに、門の上へ透明なroute sheetを一枚重ねた。
国境とは違う形の島が現れる。
島ごとに、ASという小さな札が付いていた。
イト
ASは、国を小さく分けた区画?
ピコ
国の区画ではないよ。共通の技術管理と経路方針で動くnetworkのまとまりだ
イト
じゃあ、一つの国に何個もあって、国境をまたぐこともある?
ピコ
そう。国の地図と、networkの接続図は同じ形にならない
国境ではなく、networkどうしの接続を見る
ASは、Autonomous Systemの略だ。
一台のrouterという意味でも、一つの国という意味でもない。
RFC 4271は、ASを、共通の技術管理のもとにあり、ほかのASへ一貫した到達先の姿を示すrouter群として扱っている。
ある通信事業者が複数のASを運用することもある。
一つのASが複数の地域へ広がることもある。
だから、国旗だけを見ても、次にどのnetworkへ渡せば宛先へ届くかは決まらない。
ピコが透明な島を二枚つないだ。
その間を、細長い札が行き来する。
このIP prefixへは、こちらから届く
札には、宛先となるIP addressのまとまりと、通ってきたASの列が入っていた。
これを交換する代表的な仕組みがBGPだ。
BGPは、世界の全cableを一本ずつ描いた観光地図ではない。
ASどうしが、どのIP prefixへ到達できるかという情報を交換する。
受け取った側は、何でもそのまま採用するのではない。
自分の運用方針に従って、受け入れる経路、使う経路、ほかへ知らせる経路を決める。
「近そう」だけでは足りない。
いま、その宛先へ届くと受け入れられているかを見る。
IXPは、世界の中央routerではない
route sheetの中央に、大きな広場が浮かんだ。
広場には、いくつものASが別々の入口から接続している。
IXP。
Internet Exchange Pointだ。
「ここへ入れば、IXPが全部の星を運んでくれる?」
イトが広場の中央を探した。
でも、巨大な中央routerはない。
IXPは、複数のnetworkがtrafficを交換できる共有の接続基盤だ。
どの相手と、どの経路情報を使ってつながるかは、参加するnetwork側の関係と方針による。
route serverを使うIXPもある。
route serverは、一対一のBGP sessionを相手の数だけ張らなくても、複数networkのreachability情報を交換しやすくする。
ただし、RFC 7947が分けているとおり、route serverは経路情報を渡しても、利用者のtrafficそのものは転送しない。
青い星が進むのは、route serverの中ではない。
選ばれた接続を通り、networkからnetworkへ渡る。
イトに残った三つの門
試験時計が鳴った。
残り、二十四秒。
route boardに、三つの札が開く。
A archiveと同じ国色の門を使う
地図では分かりやすい。
けれど、その門の先に宛先prefixへの経路が受け入れられているとは限らない。
さっき青い星が戻った道だ。
B 地図で最もまっすぐに見える線を使う
距離は短く見える。
けれど、network間の接続、方針、現在のreachabilityを見ていない。
海の上を横切る直線が、実際に使える接続とは限らない。
C 宛先prefixへの現在の経路を選び、別network経由も残す
一つは、IXPの共有基盤を通ってservice側ASへ直接渡る経路。
もう一つは、別のnetworkを経由して宛先へ届く経路。
線は少し曲がって見える。
それでも両方に、宛先prefixへのreachability札がある。
ピコは答えを言わなかった。
「一番短い線を選ぶ?」
イトは地図から手を離した。
青い星が一度戻ってきた地点を見る。
次に、二枚のreachability札の時刻を見る。
「国の色じゃない。いま宛先へ届く札を使う」
イトはCを選んだ。
直接渡る経路を一番上へ置く。
別networkを通る経路は消さず、二段目に残した。

イトがroute試験leverを倒した。
青い星が、ASからASへ渡った
青い星が海外側の陸揚局を出る。
最初のASへ入る。
国境の色を横切るのではなく、選ばれたnetwork接続へ進む。
IXPの広場へ入った。
route serverの札は上でreachabilityを交換している。
青い星そのものは、共有基盤を通ってservice側ASへ渡った。
archiveの扉が開く。
青い星が棚へ収まった。
星見フィルム祭 archive 到着確認を送信
残り、八秒。
到着確認が同じ海を戻り、日本側のlampを青くした。
イトは、成功した線を世界地図へ太く描こうとした。
その瞬間、route boardの一番上の札が暗くなる。
direct route withdrawn
青い線が、IXPからservice側ASへ渡る手前で消えた。
一本道を保存しない
「せっかく見つけた正解が消えた」
イトの手が止まった。
けれど、二段目に残した札はまだ光っている。
別networkを経由し、同じ宛先prefixへ届く経路だ。
route boardは、受け入れられた予備経路へ切り替わった。
次の青い星は、さっきより大きく北へ曲がる。
一つ多いASを通る。
少し遅れて、archiveのlampがもう一度点いた。
経路は、地図上で最短だから選ばれ続けるのではない。
接続が変わる。
reachability情報が取り下げられる。
運用方針が変わる。
そのとき、使う経路も変わりうる。
受け取る経路をfilterすることも運用の一部だ。RFC 7454は、prefix、AS path、communityなどを使ったBGP filteringの実務をまとめている。
これは、利用者が端末からBGPを操作して近道を作るという意味ではない。
networkを運用する側が、接続と方針のもとで扱う経路制御だ。
「近いserver」も、地図の距離だけでは決まらない
route boardの端に、同じ星印を持つarchiveが三つ現れた。
同じservice addressを、複数の場所から知らせるanycastの模型だ。
「同じ住所なら、一番近い建物へ行く?」
イトは、今度は定規を取らなかった。
RFC 4786では、同じanycast addressが複数地点からrouting systemへ広告され、その時点のtopologyに基づいて一つが選ばれる。
topology上で近いことと、地図上の距離や最小の往復時間は、いつも同じではない。
経路が変われば、選ばれる地点も変わりうる。
「“海外serviceだから必ず遠い本館”でも、“一番近い建物だから必ず最速”でもないんだ」
ピコがうなずいた。
CDNやanycastを詳しく分けるのは、配信の回で扱う。
この試験で必要なのは一つ。
国際通信の道は、国旗を順に通る一本線ではない。
二枚の地図が残った
試験時計が止まった。
イトは、太い一本線を世界地図へ書き込まなかった。
代わりに、透明なroute sheetを二枚保存した。
一枚目には、IXPで直接service側ASへ渡った青い線。
二枚目には、withdrawalのあと、別networkを経由した青い線。
下にある国境の形は、二枚とも同じだった。
上にあるnetworkの道だけが変わっている。
イトは、青い国の門を閉じた。
「これは“世界の正解地図”じゃない。青い星が、その時に届いた二つの記録だ」
海の向こうで、archiveのlampが二度点滅した。
机には、一本の永久経路ではなく、時刻の違う二枚のroute sheetが残った。
次回:道路とお店は、同じもの?
世界地図が折りたたまれる。
その下から、広い道路の模型が現れた。
道路の上には、お店、図書館、郵便ポスト、ゲーム会場が並んでいる。
道路の札は、Internet。
店の一つに付いた札は、Web。
イトは、二枚の札を見比べた。
「Webを見るときにInternetを使うなら、二つは同じもの?」
次回、ピコルート第38話。
Webとインターネットは同じ? 道路とお店を分けよう
国際通信の全体像を図で確かめる
海底cable、陸揚局、ASどうしの接続、IXP、CDNまでを一枚の流れで整理するなら、国際通信の仕組みで全体図を確かめられます。

