第69話の案内が終わったあと、小さな見学者がイトの袖を引いた。
「Internetって、あのWi-Fiのマークのこと?」
イトは、黒い板へ六つの札を戻した。
screen | local link | router | outside | name | destination
「まず端末の中にscreenがあって、Wi-Fi associationがlocal linkを作って、routerからoutside pathへ出て、nameをaddressに――」
見学者の目が、四枚目の札で止まった。
五枚目で、入口の時計へ動いた。
六枚目まで来ると、Wi-Fiの扇形を指さした。
「やっぱり、このマークがInternet?」
イトの説明は正しかった。
でも、届いていなかった。
正しさを足すほど、遠くなる
見学者の家族を乗せる見学車は、45秒後に出発する。
質問できるのは、いまの一回だけだ。
机の道具箱には、第69話で残した五つの空き場所が光っていた。
端末 | 道 | 住所 | 荷物 | 返事
イトは、そこへ正しい札を全部入れようとした。
access point、router、provider、DNS、IP address、packet、server、HTTP。
箱のふたは、途中で閉まらなくなった。
イト
間違えたくないのに、言葉を足すほど質問から遠くなってる
ユイ
省くことと、うそをつくことは同じではありません
マコト
最初の一回で、何が動けば伝わったと分かるかを決めよう
残り36秒。
ピコは答えを言わなかった。
道具箱の横へ、三つのふただけを並べた。
三つの話し方
A:正しい名前を、短時間で全部伝える
間違いは減りそうに見える。けれど、子どもが追える一つの動きが消え、言葉の一覧だけが残る。
B:Wi-FiをInternetだと言い切る
一言では済む。だが、近い道の印と、その先までつながる仕組みを同じものにしてしまう。
C:名前を伏せ、一回のお願いと返事を動かす
まず何がどこから出て、どこへ届き、何が戻ったかだけを見る。名前は、子どもが次に聞いた場所へ一枚ずつ戻す。
残り29秒。
イトはAのふたから手を離した。
Bのふたも裏返した。
「C。正しい札を捨てるんじゃない。いったん全部、伏せる」
イトは自分の手で、黒い板の六枚と道具箱の専門語をすべて裏返した。
一回だけ、青い絵を取りに行く
机に残したのは、四つだけだった。
- 見学者の小さな端末
- 近いcyanの橋から、遠くまで続くdeep-blueの道
- 終点にある、もう一台のcomputer
- 中身がまだ見えない透明なdata tile
イトは見学者へ、文字のない青い絵を一枚選んでもらった。
「この絵を、向こうのcomputerから取ってくる。見てて」
端末をtapすると、小さなお願いが出た。
お願いには、どの相手へ行きたいかを見分けるaddress tokenがついている。
最初に渡ったのは、端末から近くの機器までのcyanの橋。
その先は、別々のnetworkがつながったdeep-blueの道だ。
お願いが終点のcomputerへ届く。
computerは青い絵のdataを返す。
戻ってきたdataから、端末の画面に青い絵が現れた。

ピコは道にも端末にも触れず、往路と復路を二色の粒で照らした。
組み立て、動かし、説明したのはイトだった。
Internetを、最初の二文にする
残り17秒。
イトは、いま起きたことだけを二文にした。
Internetは、別々のcomputerどうしを、たくさんのつながった道で結び、dataを行き来させる仕組み。手元の端末が住所を手がかりにお願いを送り、向こうのcomputerから返事が戻る。
これは一台の巨大なcomputerの名前ではない。
空いっぱいを覆う一枚のWi-Fiでもない。
それぞれのnetworkが境界でつながり、相手までdataを渡していく土台を、ここでは一本の道として小さく見せている。
Webの画面を開く場面なら、browserからのrequestと相手からのresponseも、この往復の上で動く。
ただし、Webはinternet全部ではない。
このfixtureは、internet上でできる多くの通信のうち、子どもが最初に追いやすい一往復だけを見せている。
「じゃあ、Wi-Fiはどこ?」
見学者は、端末と最初のcyanの橋を指さした。
「Wi-Fiのマークは?」
イトは、伏せた札からWi-Fiだけを戻した。
「ここ。手元の端末から、近くの機器へ渡る最初の道の一つ」
「じゃあ、さっきみたいに、ここが明るくても、その先が切れてたら絵は来ない?」
イトはうなずいた。
「そう。だからWi-Fiの印があることと、遠くの相手まで届いたことは、同じ確認じゃない」
見学者は、Wi-Fiの札を大きな地図全体には置かなかった。
最初のcyanの橋だけに置いた。
分かったかどうかは、言い直せるかで見る
残り9秒。
イトは、deep-blueの道の途中だけを暗くした。
端末のWi-Fi markは明るいままだ。
「いま、最初に止まっているのはどこ?」
見学者はWi-Fiの札を動かさず、その先の暗い道を指さした。
「近い橋じゃなくて、その先。Wi-FiはInternetの入口に使えるけど、Internet全部じゃない」
イトは、青い絵をもう一度取りに行かせた。
今度は道を点灯させると、お願い1、返事1、画面の青い絵1。
first explanation terms 8 / child reparse 1
second explanation round trip 1 / terms first 0
Wi-Fi placement local bridge 1 / whole map 0
child prediction correct 1 / retry 0
request 1
response 1
見学車の扉が開いた。
ユイ
言葉を減らした結果を、子どもの置いた札と指さした場所で確認できました
マコト
専門語を隠し続けたんじゃない。必要になったWi-Fiだけ、正しい場所へ戻したんだ
イト
Internetを子どもに話すとき、最初は一回のお願いと返事。名前は、次の『どうして?』が来た場所へ足せばいい
道具箱の底で、dataがほどけた
見学者は乗り込む前に、青い絵のdata tileを光へ透かした。
「これ、ほんとうに小さな絵が道を走ったの?」
イトは答えかけて、止まった。
荷物は、説明のための見え方だ。
computerが扱う中身まで、小さな絵の形で走っているわけではない。
透明なtileの中で、細い灯りが一つ点き、隣が消えた。
on | off | on | on | off
見学者は、扉の向こうからもう一度だけ聞いた。
「その点いたり消えたりが、どうやって絵になるの?」
イトは、伏せた札を戻さなかった。
代わりに、光るtileを第71話の作業台へ運んだ。
次回、ピコルート第71話。
0と1は、ただの記号じゃない?

