海外アニメ祭が終わった夜。
上映されなかった四十二秒の応援動画に、一通の返事が届いた。
大画面には間に合わなかったけれど、制作者の保管箱へ送ってほしい。 受け付けは、港ラボの回線を閉じるまで。
残り、三分。
イトは、画面の中で止まっていた自分の笑顔を見た。
一度きりの上映枠は、もう戻らない。
それでも、この四十二秒は海の向こうへ渡せる。
床いっぱいの光ファイバー
送信機から受信機まで、青い保護カバーに入った光ファイバーが大きな輪を描いていた。
港ラボの学習用回線だ。
両端のconnectorは箱の中で閉じられ、受信側には光power meterと映像patternの確認画面がついている。
イトたちが光の出る端面をのぞくことはない。
光通信で使うlaserは目に見えないこともある。Ciscoの保守手順も、active fiberを決してのぞかず、光源を外して安全を確かめてから点検するよう求めている。
IEC 60825-2も、光fiber通信systemでは送信装置から離れた場所でも光powerへ触れうることを前提に、安全要件を定めている。
この夜に触れてよいのは、connectorではなく、外側の保護カバーと大きな巻き枠だけだった。
「この輪、場所を取りすぎじゃない?」
イトは、床の中央にある小さなhookを見た。
ファイバーをそこへ巻き直せば、送信機と受信機の間をまっすぐ横切れる。
地図で遠回りをやめたときのように、光も早く着く気がした。
残り、二分三十八秒。
イトは、光の道を小さく巻いた
「近道にする」
イトは大きな巻き枠から保護カバーを外し、同じファイバーを小さなhookへ巻いた。
一周。
二周。
青い輪は、手のひらほどの大きさになった。
床は広く空いた。
ファイバーの端は、最初から送信機と受信機につながったままだ。切っていない。余りを捨ててもいない。
けれど、イトには道が短くなったように見えた。
「送るよ」
応援動画が、送信機で光の合図へ変わる。
受信画面に、最初のframeが出た。
イトの顔。
青い海。
海外の制作者へ向けた最初の一言。
最後に入れた青い星だけが、灰色の四角になった。
受信powerの針が、黄色い帯へ落ちている。
二度目は、最後のframeそのものが届かなかった。
残り、一分五十四秒。
小さく見えても、光路は短くならない
マコトが巻き枠とhookの間へ、長さの札を置いた。
どちらも、同じ百メートル。
数字は変わっていない。
イトは、小さな輪を見直した。
「でも、送信機と受信機は近くなったよ」
「部屋の中ではね」と、ユイが言った。「光が通るfiberの長さは、そのままです」
糸を長いまま小さな箱へ詰めても、糸の端から端までが短くなるわけではない。
同じように、一定長の光ファイバーを小さく巻いても、光が材料の中を進む距離は減らない。
光が届くまでの時間に効くのは、床で占める広さではなく、光路の長さや材料中での進み方、途中の装置や待ち時間だ。
大きな輪から小さな輪へ置き換えただけなら、「空間は小さいが、光路長は同じ」になる。
近道ではなかった。
しかも、変わったものがもう一つある。
曲がり方だ。
光は、透明な空洞を走る粒ではない
ピコが、光ファイバーの断面模型を映した。
中心にcore(コア)。
その外側にcladding(クラッド)。
さらに外側に、傷や力から守るcoatingやcableの層がある。
coreとcladdingは、光の曲がり方に関わる屈折率が少し違う。その組み合わせがwaveguide(光の道)になり、光を長い方向へ導く。
ITUの光fiber handbookは、初めの理解に使うray模型では、coreとcladdingの境界で全反射する線として光の経路を描けると説明している。
ただし、光の粒が鏡の筒をぎざぎざに跳ね続ける、その絵だけが実物ではない。
実際のsingle-mode fiberでは、光はmodeという電磁界の形で導かれ、その一部はcoreの外側、claddingにも広がる。Corningの解説も、single-mode fiberのfieldは大部分がcoreにありながら、一部がcladdingへ延びることを示している。
線の模型は、入口だ。
模型と実物を同じにしないことが、曲がったときの失敗を見る手がかりになる。
きつい曲がりで、受信する光が減った
ピコは答えの代わりに、二つの測定記録を並べた。
| 変えた条件 | 大きな巻き枠 | 小さなhook |
|---|---|---|
| fiber | 同じ | 同じ |
| 長さ | 同じ | 同じ |
| 送信機・受信機 | 同じ | 同じ |
| 送るpattern | 同じ | 同じ |
| 曲がり方 | ゆるい | きつい |
| 受信power | 緑 | 黄 |
| 最後の青い星 | 届く | 欠ける |
小さなhookへ移したとき、光路長は変わっていない。
変わったのは、曲げ半径と曲がる回数だった。
光ファイバーをきつく曲げると、導かれていた光の一部が外へ漏れ、受信側へ届くpowerが減ることがある。これがmacrobending loss(大きな曲げによる損失)だ。
Corningの技術資料も、急な曲げで導波されていた光の一部が外へ漏れうることを説明している。
ITU-T G.650.1は、macrobending lossを測る条件に曲げ半径、巻き数、波長を含める。つまり「何センチなら全fiberで必ず安全」という一つの数字では決められない。
fiberやcableの種類、製品、施工中か使用中かでも許される曲げ方は違う。
確認するのは、使っている製品と施工の仕様だ。
残り、一分十二秒。
イトが選べる三つの手
受信画面では、青い星がまた灰色になった。
ピコが三枚の札を置いた。
- 送信powerを上げる
- 途中に新しい装置を足す
- 曲げ条件だけを戻して比べる
一枚目なら、黄色い受信powerを押し上げられるかもしれない。
けれど、許された範囲や受信機の条件を確認せず、光源を強くする判断はできない。強い光が、そのまま通信容量を増やすわけでもない。
二枚目なら、途中で信号を受け直せるかもしれない。
しかし、新しいtransceiverや中継装置を足せば、電源、設定、対応規格、別の故障点も増える。一分で試す変更ではない。
三枚目なら、送信機、受信機、fiber、長さ、送るpatternを変えず、イトが変えた曲がり方だけを戻せる。
近道だと思った操作が原因かどうか、自分で確かめられる。
イトは、一枚目の札を置いた。
「光を強くすれば、僕の間違いが見えなくなるだけかもしれない」
二枚目も置いた。
「増やす前に、変えたものを戻す」
イトは三枚目を選んだ。
イトは、小さな輪をほどいた
残り、五十二秒。
イトは送信を止め、閉じた測定箱の停止lampを確認した。
connectorの蓋には触れない。
小さなhookから、青い保護カバーを一周ずつ外す。
急いで折らない。
ねじらない。
製品の仕様札と巻き枠の目印を見て、大きなloopへ戻していく。
ユイは送信機と受信機の設定を変えなかった。
マコトは、同じ四十二秒、同じ確認patternを選んだ。
ピコは手を出さず、比較表の「曲がり方」だけを青く灯した。
イトが最後のloopを巻き枠へ収める。
「これで、もう一度」

送信機が、同じ映像を同じ光の合図へ変えた。
受信powerの針が上がる。
黄色を抜けた。
緑で止まった。
イトの最初の一言が届く。
青い海が届く。
四十二秒目。
灰色だった四角に、青い星が灯った。
受信完了 制作者の保管箱へ保存
残り、七秒。
速さ、量、強さを、一つにしない
制作者から、小さな受領印が返ってきた。
大画面の上映ではない。
あの時間は戻らない。
それでも、送られなかった四十二秒は、今度は最後の一色まで海を越えた。
イトは、小さなhookを作業台から外した。
「光回線なら、強くて、速くて、たくさん送れると思ってた」
ユイが、四枚の札を離して置いた。
- received power: 受信側へ届いた光の強さ
- loss: 途中でどれだけ弱くなったか
- capacity / bitrate: 一秒にどれだけの情報を運べるか
- propagation latency: 光路を進むのにかかる時間
関係はある。
けれど、同じものではない。
受信powerが足りなければ、正しく読める範囲を外れてerrorが増えうる。
だからといって、powerを上げるだけで、fiberの長さが縮んだり、通信容量が自動で増えたりはしない。
fiberを小さく巻いて部屋を空けても、一定長なら光路は短くならない。
今回は、きつい曲げがlossを増やしていた。
大きなloopへ戻すと、光路長は同じまま、最後の星を読めるだけの光が受信機へ戻った。
次回:細い光の道を、海の中でどう守る?
マコトが、学習用fiberの外側へ太いcable模型を重ねた。
透明な道のまわりを、いくつもの層が包む。
その先には、暗い海、海底の地形、船の錨、長い距離が待っていた。
大きなloopで守れたのは、港ラボの百メートルだけだ。
海を越えるfiberは、床へ広げて確かめられない。
イトは、最後まで青く届いた星と、太いcableの断面を見比べた。
「この細い光の道を、海の下では何千キロもどう守るんだろう」
次回、ピコルート第36話。
海底ケーブルはどう守られている? 海の道を長く保とう
光ファイバーの基本を図で確かめる
物語で分けたcore / cladding、光信号、曲げ、通信量と返事の時間を整理するなら、光ファイバーの仕組みで全体図を確かめられます。

