TERM PRIMER
先に知っておく言葉
量子もつれとは、二つ以上の量子系を、それぞれ独立した状態の組に分けられない一つの共同状態として表す現象です。各地点の測定結果には強い相関が現れますが、片方から任意の情報を光より速く送れる通信路ではありません。
「離れた粒子がつながる」という表現だけでは、最初から同じ札を持たせた古典的なペアとの違いも、通信に使えない理由も抜けます。この疑問を整理するため、ラボの量子駅と相関工房で、共同状態、測定設定、局所結果、記録比較という四つの場所に分けます。
量子もつれとは一言でいうと
二つの量子系AとBを合わせた状態が、Aだけの状態とBだけの状態の積として書けない時、その共同状態はもつれています。個々の系へ完全な純粋状態を割り当てられなくても、二つを合わせた状態には明確な規則があります。
代表例の一つは、概念的に (|00⟩ + |11⟩)/√2 と書くベル状態です。同じ基底で二つを測ると、00か11が現れ、結果はそろいます。しかし測定前に「Aは0、Bも0だった」か「Aは1、Bも1だった」かを古典札のように選んで隠した混合とは同じではありません。
連結切符のたとえでは、A駅とB駅の切符を別々に説明するのではなく、二枚一組の振幅規則を持ちます。ただし実際にはひもや信号線が空間を走っているわけではなく、複合系の状態をテンソル積空間で記述します。
個別に状態を書けない仕組み
もつれていない二体系なら、「Aはこの状態、Bはこの状態」と個別の状態を組み合わせて共同状態を作れます。もつれた純粋状態では、その分解ができません。Aだけを見るとランダムな混合に見え、Bだけを見ても同様です。それでもAとBの結果を並べると規則的な相関が見えます。
| 見る範囲 | ベル状態の標準基底測定 |
|---|---|
| Aだけ | 0と1が半々 |
| Bだけ | 0と1が半々 |
| AとBを比較 | 00と11だけが現れる |
一地点の記録だけでは、遠方でどの測定をしたか、どの結果が出たかを読み取れません。共同分布と局所分布を分けることが、もつれの理解に欠かせません。
量子の重ね合わせとは?で扱った振幅と位相が、今度は複数の系にまたがる共同状態を作ります。
測定設定の役割と相関
同じ基底で測れば結果がそろうベル状態でも、測定軸を変えると相関の割合が変わります。どの軸を選ぶかは各地点で決められますが、各回の結果そのものを測定者が選ぶことはできません。
実験では、次の情報を試行ごとに残します。
- 共同状態の準備条件
- A側が選んだ測定設定
- B側が選んだ測定設定
- A側の単発結果
- B側の単発結果
- 時刻や試行番号
- 多数回を照合した相関
- 設定ごとの試行数と統計的不確かさ
二地点の結果を後から対応付けるには、通常の古典通信で設定と記録を交換します。ここで初めて「どの設定の組で、どれほど相関したか」を確認できます。
普通のペアとの違いと注意
赤と青の手袋を箱へ一つずつ入れ、遠くへ運ぶ古典的な例でも、片方が赤なら他方が青と分かります。これは最初から各箱の色が決まっている相関で、もつれの入口のたとえにはなっても十分ではありません。
量子相関の特徴を調べるには、両地点で複数の測定設定を選び、設定ごとの統計を比べます。もし粒子が出発時から全設定への答え表を持ち、遠方から影響を受けない局所的な隠れた変数モデルで説明できるなら、相関にはベル不等式という上限が生じます。量子力学は特定のもつれ状態と設定でその上限を超えると予測します。
したがって、「同じ色が出る」だけでは量子もつれの証拠になりません。準備、設定選択、検出、統計解析まで含むベルテストが必要です。
ベル不等式が示したこと
2022年ノーベル物理学賞の対象となった実験群は、もつれた光子を用いてベル不等式の違反を確かめ、量子力学の予測を支持しました。これは、あらかじめ配られた局所的な答え表だけでは観測相関を再現できないことを示します。
ただし、ベル不等式の違反を「遠隔操作の信号が検出された」と読み替えてはいけません。ベルテストは複数設定と多数回の共同統計を扱います。各地点で見える単独の結果列はランダムで、相手が送りたい内容を識別できません。
実験の解釈では、局所性、測定設定の独立性、検出効率などの仮定と抜け穴も検討されてきました。ノーベル賞の公式解説は、Clauser、Aspect、Zeilingerらが実験を洗練し、ベル不等式違反と量子情報科学の基盤を築いた経緯を説明しています。
光より速い通信に使えない
A側の人が0を送りたい時に測定結果0、1を送りたい時に結果1を自由に出せるなら通信に使えそうです。しかし、もつれた対の局所測定結果は制御できません。A側で何をしても、B側だけが見る確率分布から任意のメッセージを復元できない、という非信号性が成り立ちます。

量子テレポーテーションも、共有したもつれだけで完了しません。送信側の測定結果を古典ビットとして受信側に伝え、それに応じた操作を行います。IBM Quantum Learningのプロトコルでは、一量子ビットの転送に共有もつれと二ビットの古典通信を使います。
量子の観測とは?で見たように、測定設定と一回の記録を分けると、「相関が瞬時に見える」と「任意の情報を送れる」の違いが明確になります。
イト
量子もつれなら、片方で合図して光より先にメッセージを送れる?
ユイ
でも測定結果そのものは選べないなら、送りたい文字を載せられないよね
マコト
一個ずつの結果と、二地点の記録を比べた相関を分けよう
ピコ
連結切符は一組の規則を持つけれど、秘密の通信線ではないよ
もつれのクイズとワーク
ワーク: A駅とB駅に結果箱を置き、それぞれの単独集計と、試行番号を合わせた共同集計を別表にします。さらに、設定情報を交換する通常の通信線を描き、量子相関の線と混ぜないようにします。
Q1. Aを測るとBの結果を選べる?
いいえ。相関は予測できますが、A側の単発結果を送り手が任意に選べません。
Q2. 色違いの手袋も量子もつれ?
それだけでは古典相関です。測定設定を変えた時の統計がベル不等式をどう扱うかまで調べる必要があります。
Q3. 相関を確認するのに通信は不要?
各地点の記録を対応付けるため、光速以下の古典通信で設定と結果を交換します。単独の結果列だけでは共同相関を確認できません。
量子計算へ進む次のルート
共同状態を計算資源としてどう制御するかは量子コンピューターとは?へ進みます。一つの二準位系の振幅へ戻るなら量子ビットとは?で順序立てて確かめます。
量子もつれを読む時は、共同状態、各地点の測定設定、局所的な単発結果、後から比較する相関を分離します。「不思議な遠隔通信」という一語を、この四つの検証可能な要素に戻すことが出発点です。
強い相関でも、光より速い通信にはならない
量子もつれは、複数の量子系を個別の状態に分けて表せない共同状態です。測定基底に応じて古典論だけでは説明しにくい相関が現れても、片側が任意の結果を選んで相手へ情報を送れるわけではありません。共同状態・相関・古典通信・非信号性を分けることが要点です。
Bell実験と状態転送の接点
Bell・CHSH実験で量子相関を検証するでは、局所実在論とno-signalingの境界を詳しく扱います。量子テレポーテーションの工程では、共有もつれに古典二ビットを組み合わせる理由を確認できます。
LAB WHITEBOARD
自分の言葉で説明してみよう
「共同状態、測定基底、相関、古典通信、非信号性を分けて説明できるようになる。」を、いまの自分の言葉で一文にしてみてください。途中の説明でも大丈夫です。




